山梨大学附属病院院内学級にて

山梨大学附属病院院内学級にて

7月19日、山梨大学附属病院院内学級にお伺いしました。ここは、「病院がプラネタリウム」のスタートの場所であり、かれこれ15年ものおつきあいになっています。
毎年お伺いしていましたが、コロナ禍で直接入るのは難しく、フライングプラネタリウムもできていなかったので、3年ぶりのプラネタリウムとなりました。
病棟のほうでは、ここ半年以上、親御さんの面会もできないとてもつらい状況が続いています。その状況の中でも、なんとか実現しよう!と、犬飼先生も、砂澤先生も他の院内学級の先生もみなさん大変ご苦労いただきました。ありがとうございます。

今回お伺いしたスタッフは、高橋、跡部と、19歳の若き馬塲くんです。朝いちばんで、病院でのPCR検査を受け、結果が出るのをまって、午後2時に1回目スタート。最初は通級の子たち。2回目は、病棟の子たち、でした。以下、馬塲くんからの感想です。彼のパーソナルなことも書いてありますが、それも含めて、この活動であると私たちは感じているので、そのまま掲載させていただきます。

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「病院がプラネタリウム」この言葉を最初に耳にしたのは、高校2年の8月だった。海外での挑戦が失敗となり、人生に迷っていた私に何かが降りかかって来た。そんな感覚だった。
中学2年に癌で父を亡くし、家族に散々の迷惑をかけながら這い上がって来たつもりだったが、自分は未熟者だった。中途半端な努力はもちろん報われず、もうここまでかというほど落ちていく日々の中、自分の不甲斐ないなさに涙することもできない。そんな中偶然知ったこの「星つむぎの村」に、何か僕を変えてくれるものがあるかもしれないと思い、連絡することにした。拙い纏まりのない文章で何とか自分の事を伝え、高橋さんから返信をいただくことができた。ご好意で渡航前に「人はなぜ星を見上げるのか」「すべての人に星空を」の本を送っていただき、リュックサックに詰めて成田空港へと向かったことを今でも鮮明に覚えている。
高橋さんが下さった著作の中には、「病院がプラネタリウム」のお話が様々な方向性から描かれていた。星空を介して人々が繋がるという、平和な世界をカナダの星空から想像していた。カナダでの生活はやはり大変で何度か本当に諦めそうになったが、跡部さんから「幸成くんのような情熱を持つ若い人がいてくれるのは頼もしい」と言っていただけて、もうちょっと頑張ろうとかなと思う日々だった。

そして帰国し、ついに「星つむぎの村」に対面でボランティアを行う機会に恵まれた。あの時間は今でも夢のようで、まだまだ整理ができていないがここに私が感じたことをまとめようと思う。
山梨大学附属病院院内学級に無事入ることができ、慣れない環境に少しだけソワソワしていると、高橋さんから、子供たちがコロナの関係でしばらく両親との面会が許されていないと教えてもらった。病気と孤独感と同時戦うという、同じ年代の自分だったらと考えると、決して乗り切ることの出来なさそうな試練を幾度も乗り越えた子供たちに僕が何をできるのだろうかと考え込んでいたが、院内学級に集まった子供たちは、元気いっぱいでとても陽気な印象、思わず私も笑顔にされた。
プラネタリウムの投影前に、子供たちの名前と星座をメモしていた高橋さん。天井に映る星空には子供たちの星座がきちんと現れ、星空と子供たちの距離感をグッと縮めていらっしゃり、これは文献では見ることができなかった工夫だなと思い感心した。ご存知の通り、病院がプラネタリウムの構成は、「山梨から見上げた星空を映す→織姫と彦星の話をする→12星座を回転させて投影する→地球から太陽系→宇宙へ」大雑把にいうとこのような構成がとられている。骨組みは同じでも、来る子供たちによってナレーションや星空の投影の手法が微妙に異なっていて、一つひとつが高橋さんの作品のようなものとして感じられた。そして忘れてはならないのは「病院がプラネタリウム」が人々に与える「何か大きなもの」である。

印象に残っているのは、お話をすることが難しい女の子の様子。バギーに乗った状態でのプラネタリウムだったので、シートを倒さなければならない。先生から倒されたシートにも寄りかからず少し不満そう。私は、彼女が果たして「病院がプラネタリウム」をきちんと体験することができるのだろうかと恥ずかしながら疑問に思ってしまった。
プラネタリウムの投影が始まり、私も天井に映る美しい夜空に気を取られていて、ふと彼女の方を見るとニコニコと笑っているではないか。天井を見上げるその目はキラキラとしていて、隣の先生もなんだか嬉しそう。火星に接近する場面では、首をすくめながらもみんなと一緒に火星を押し上げるポーズをとっていて、何だかとても幸せそうだった。一瞬一瞬で彼女が振りまく笑顔が、このプラネタリウムの意義を物語っている。本当にこの言葉に尽きるなと。プラネタリウムが終わってしまうと、寂しかったのか少し拗ねてしまっていたが、院内学級のみんなと先生と星空を見れて嬉しかった記憶は、彼女の人生の糧になる。私はそう感じた。
高橋さんが本に書かれていたプラネタリウムの様子を、自分の目で見ることができた時間は非常に有意義であったし、私が滞在した山梨での三日間は、多くの方からご好意をいただき、出会いというものの素晴らしさ、生きていることの素晴らしさを心から謳歌することができた。
このような機会をくださった高橋さん、跡部さんをはじめ、院内学級の先生方、生徒のみなさん、本当にありがとうございました。私の人生旅をまたご報告させてください…