光が丘むらさき幼稚園にて

2023年3月1日、練馬区立光が丘むらさき幼稚園で7mドームを行いました。
村人の藤田一樹くんが通う幼稚園。お父さんの康弘さんとお母さんの優子さんが、プラネタリウムデビューを果たしました。優子さん自身のレポートでお届けします。
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何度もお話していることですが、一樹が生まれてから最初の2年は、私たち家族はただ一樹が死なないように暮らすことで精いっぱいでした。そして自分たちが死なずに生きていくことで精いっぱいでした。だけど少しずつたくさんの制度に「支援」されながら、「重心児が在宅で生活する環境」が整い、「重心児お母さんとしてのスキル」も身についたとき、私たちが元いた社会は果てしなく遠いところになっていました。「療育と病院以外、私たちはいくところがない。」必死で生きて生きて、そのことにふと気が付いたとき、愕然としながら胸にこみ上げたのは絶望でした。一樹の3歳の誕生日は、何のために祝ったらいいのかさっぱりわかりませんでした。私が星つむぎの村と出会ったのはそんな3歳の誕生日を迎えたすぐ後のGWでした。私たちの唯一の居場所だった病院に、プラネタリウムを届けてくれたのでした。天文や物理の知識は全くないけどなんとなく星が好きで、プラネタリウムにももちろん行ったことがあるけれど、でもそのときのプラネタリウムは私が知っているものとは全く違うプラネタリウムでした。一方的に癒しを与えてくれたり知識を教えてくれるのではなく、私自身に語り掛けてくれるプラネタリウム、私と星との関係を教えてくれるプラネタリウム、夜明けとともにやってくる明日の意味と答えを私自身に委ねてくれるプラネタリウム。広い広い宇宙の片隅にあるたったひとつの命の星、地球。宇宙の果てから青い地球を眺めながら、みんなみんなここで泣いたり笑ったりしているんだね、そんな語りとともに見上げる宇宙は果てしなく広く、青い青い地球はかぎりなく美しく、そして私の隣に寝っ転がって星を見ている子どもたちは心の底からいとおしく、全てが「それでいい」と思えて、というより「それでいい」としか思えなくて、涙が止まりませんでした。私たちの存在を肯定してもらえたことが嬉しくて、自分たちの存在を肯定できた自分自身が嬉しくて、泣けてなけて仕方がなかったのでした。
私が生まれてきたこと、私が生きているということ、私が苦しいこと、私が悔しいこと、全部ひっくるめてそのことにこんなに俯瞰的に、かつ直接的に寄り添ってもらったのは、初めての経験でした。「支えられる」ってこういうことなんだと初めて思いました。「生きていけるかもしれない」と初めて思えました。苦しくてたまらなかった当時の生活の中でたどり着いた初めての境地でした。
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「支援」って何だろう、ということをこのところずっと考えています。重度の障害がある一樹とともに生きる私たち家族は、その時々に必要なたくさんの支援や手当に支えられて暮らしています。障害者支援当事者支援、家族支援きょうだい児支援子ども家庭支援どれもとてもありがたいけれど、どれも実はピンとこないのです。そしていつも少し悶々とする気持ちに気付かないふりをしています。その悶々とする気持ちの中身は、「支援する側―される側」という固定された関係性なのだと私は思っています。ひとつの支援を受けるためにはたくさんのことを聴きとられ、審査され、認定され、手当てされます。行政的に必要な手順だから仕方がないと理解はするものの、日常生活や家族の在り方、子どもの体のことをを一方的に「聴きとり」されることにはいつも大きな抵抗を感じます。そしてひとつの支援を受けるたび、いくつかの大切な選択肢と引き換えに、自分の生き様や考え方と似合わない名前をもらいます。重心児、障害児、肢体不自由児、バギーっこ、歩行困難者、要支援者、重心児お母さん、きょうだい児、当事者、福祉サービス利用者、、、これまで本当にたくさんの名前をもらってきたけれど、この中に、私の子どもたちのかわいい笑顔やつぶやき、豊かな発想、呆れた習性、私たち家族のてんやわんやな生き様を表す言葉はもちろん、それらを連想させる言葉すら、ひとつもないなといつも感じています。私たちは、なんの名前もいりません。私は私。一樹は一樹。唯は唯で湊はとんとん。それ以外の何者でもないのです。私が私らしく、ひとりひとりがひとりひとりであるまま、生き生きと輝くことができることそれを応援してくれる仲間の存在こそが、この世界で最もあたたかな「支援」なんじゃないかと思うのです。
時間が解決してくれることがある。制度が解決してくれることもある。でも、仲間が解決してくれることはそれよりもはるかに豊かであたたかく、そんな仲間の存在を支えに自分自身が道を切り開いていくことこそが唯一、本当の意味での解決つながる道すじとなり得るのではないかと思います。受け入れるって、諦めることでも不問にすることでもなく、そうやって手をつないで支えあいながら生きていくことなんじゃないかと思うのです。☆☆☆幼稚園の投影。私は、宇宙や銀河の仕組みを語ることができませんし、星も詳しくありません。木星はガスの星!って言われても、ぜんぜんよくわかりません。天の川銀河を内側から見る話は、考えても考えても頭にハテナが増えるばかりです。だけど、それでも、目の前にいる一樹の仲間たちと一緒に星を見ながら、「私たちと出会ってともに過ごしてくれてありがとう」の気持ちと、「ずっとずっと応援してる」っていう気持ちを伝えたくて、一生懸命しゃべりました。
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後日、いよいよ卒園までカウントダウンという3月なかば。
幼稚園の廊下の壁いっぱいに大きな宇宙がありました。
「ずっとともだち」
みんなで見たプラネタリウムをどんな言葉で伝えようか?どんなことが心に残った?という先生の問いかけに、子どもたちが答えたのがこの言葉だったのだそうです。
伝えたかったことが伝わったのだと分かって、それをこんな形で表現してもらえて、本当に感激でした。
よく見ると大三角があったり惑星があったりお誕生日星座があったり。
これも大切なたからものです。