閖上の記憶 講演会&交流会

閖上の記憶 講演会&交流会

星つむぎの村では、2011年の東日本大震災以降、プラネタリウムをもって、毎年複数回、東北をおたずねしてきました。。2018年からは、宮城県名取市閖上にある「閖上の記憶」のみなさんと交流が続いています。2020年度も訪問の予定をたててきましたが、感染症予防のため、オンラインによる交流をしようとの結論に至り、去る2月13日に行いました。

まず、語り部として活動されている「閖上の記憶」の丹野祐子さんの講演、そして、村人との交流会と続き、想い出の歌「いのちの歌」をともに歌う時間や、「星つむぎの歌」を全員で手話付きで合唱。最後には村人の石川貴之さん作成の「閖上ステラボード」を贈呈し、さらに、参加者手作りのプラネタリウムを点灯、記念写真を撮影しました。

2011年3月11日、暗闇に立ちつくし、息子さんの無事を信じて星空を見上げた丹野さんの「星がとっても綺麗だった」、そして、「親が初めて子供にプレゼントするのは、子の名前、そこに生きていた息子たちの名前を刻みたかった」と、力強く、丹野さんから紡ぎだされる言葉は熱く胸に刺さりました。私は涙が止まりませんでした。

続く交流会では、ほしむすびさんの豊富な情報から、参加者各自が用意した、東北の特産品の紹介(手作りした人も!)や、それらを味わいながら全員の声を聞くことができました。

この記事を書いている私(勅使川原)は、25年間仙台在住だったので、宮城県内には、家族や多くの友人がいます。震災後も悲しいこと、辛いことが起きたため、ずっと思い出さないように過ごしてきました。大変個人的な感想になるのですが、今回の事業に参加して、私の内側に在る硬いしこりのようなものを、丹野さんに優しくポンポンとノックして頂いたように感じています。

見えないけれど、遠く離れているけれど、きっと近くにいてくれる大切な人とともに、今回の良い機会に感謝し、暖かな春を待ちたい気持ちでいっぱいです。

ぜひ「閖上の記憶」のサイトもお訪ねください。https://tsunami-memorial.org/

本事業は、パルシステム東京未来化基金と、佐藤理恵子さんのご支援により実施されました。 (文責: 勅使川原千春)

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丹野さんの言葉を通して、2011.3.11のあの日の出来事、公太さんのこと、そしてこの10年の想いを聞かせていただいたこと、感謝しております。ありがとうございました。公太さんの生きた記録、生きた記憶、あの日の事を自分の言葉で多くの人に伝えていきたいという丹野さんの凛とした姿勢に、私自身、悲しみを抱えて生きてくという勇気をいただきました。
「いのち」を、「生きている」ということを何度も何度もなぞり、問いかけていく人生を与えてくれた息子と一緒に、世の中を柔らかく見つめ、優しく笑いたい。そんなことを感じています。
時には立ち止まり、物理的な寂しさに俯いてしまうと思います。そんな時は、丹野さんのお話を思い出し、また、顔をあげて歩いていきます。公太さんをはじめ、多くの人たちが見守ってくれている私たちの世界。
丹野さんのあの日見上げた星空のお話を伺い、星を見ると、優しい気持ちを取り戻せることができるのは何故なのか、少し分かったような気がしました。
当たり前の日々なんて、どこにもないんですよね。星つむぎの村の仲間と一緒に、多くの人たちに星を届け、お話を伺い、自らも支えてもらいながら進んでいきます。閖上の地で、丹野さんにお会いして、また沢山お話を聞かせていただくことを楽しみにしております。
本当にありがとうございました。  (文責: 古賀和子)